- 1元々静かな性格だが、5年前に海難事故で兄を亡くしてますます慎重で合理的な選択しかしなくなった。来春、大学進学で地元を離れる。
- 帆高:結衣の兄。世界一の漁師になるのが夢で、才能に溢れる青年だったが、5年前に海洋学校の訓練中の海難事故で帰らぬ人となった。
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1(起)
海辺の小さな町。その町には、「海鳴りのポスト」と呼ばれる古いポストがある。4
ある日の正午前後。灯が一通の手紙を海鳴りのポストに投函する。その様子を、岩場を見下ろせる道路から眺める結衣。5
6兄は世界一の漁師になるのが夢で、才能に溢れる青年だった。冒険好きで好奇心旺盛な兄。正反対の性格の結衣はついて行けないと思いつつ憧れの存在だった。しかし5年前に海洋学校の訓練中、海難事故で帰らぬ人となった。
兄との最後の会話は、途中で終わってしまった(結衣の方から「忙しいから後で」などの理由で切り上げてしまった)。「あの時、兄は私に何を伝えたかったのだろうか?」それは結衣の心にいつまでも引っかかっている。
ポストの噂を知っていた結衣は、兄宛ての手紙を何度も投函した。「お兄ちゃん、あの時は話を聞いてあげれなくてごめんね」「お兄ちゃんは、何を言おうとしてたの?」「お返事ください、お兄ちゃん」。しかし一度も返信が来る事はなかった。
結衣は、灯の背中を見送りながらつぶやいた。「返事は、待っても来ないんだよ」
2(承)
しかし、次の日。灯は母からの手紙が届いたと大喜びで結衣に伝えに来た。結衣は驚くと共に怪しむ。しかし実際、灯の手元には母の口調に似た短い返事が届いていた。その噂は小さな町にあっという間に広まり、人々はポストに手紙を投函するようになった。
結衣も心が揺れた。兄にもう一度手紙を書こうか。しかしすぐに首を横に振った。「淡い希望を抱くのはもうやめよう。もう、がっかりしたくない」
7
ある日、結衣は灯が友達と取っ組み合いの喧嘩をしている場面に遭遇する。相手の子は「死んだ人から手紙が来るとか嘘つくな!」と食い掛っている。なんとか双方をなだめる結衣。相手の子は立ち去る。
灯は「嘘じゃない。本当に手紙が届いたんだ。結衣おねえちゃんも見たでしょ?」と泣きじゃくる。しかし、灯が受け取った手紙は、大切に引き出しにしまっていたのにいつの間にか消えてしまっていた。灯は「きっとお母さんはまた返事をくれる」と言って、走り去る。
海を見下ろす丘の上の小さな郵便局にやってきた結衣。町の唯一の郵便局員、久坂に話を聞きに来た。放棄されているとはいえポストは施錠されている。中身を確認できるのは鍵を持つ郵便局員のみ。返事を書いているのが久坂ではないかと少し疑っていた結衣だが、達筆の久坂の筆跡と灯が受け取った手紙の筆跡は似ても似つかない。
8当初ポストの噂が流れ始めた時、それはもう膨大な手紙が毎日投函されていた。当然、回収されない手紙に返事が来るわけがない。水面下のポストから手紙が海に流れ出し、それを岩場で拾い集めることがかつての久坂の日常茶飯事だったと笑う。
しかしそんな中、実際に死者からの返信を受け取ったケースを何度か見たと久坂は語る。久坂が調べた結果、返事が届いた手紙はいずれも、特定の時間帯に投函されたものだった。特定の時間帯。それは、町で「海鳴りの昼」と呼ばれる、大潮の日の正午前後、潮がもっとも引いた時間だ。
震災で妻を失った久坂は、海鳴りの昼に密かに手紙を投函してみた。すると次の日、妻からの手紙が自宅のポストに届いたのだ。結衣は「今でも妻との文通は続けているのか」と久坂に尋ねる。しかし久坂は首を横に振り、寂しげに微笑んだ。「『私に手紙を書くよりも、あなたの人生を生きて』と書かれてな。それ以来、手紙はこなくなったよ」
結衣は「どうしてこのことを公表しなかったのか」と尋ねる。久坂は語る。「これは公にするようなものじゃない。必要な人が必要な時にめぐり合わせる運命のようなものだ」「それに、不思議なことに死者からの手紙は一日経つと消えてしまう。証拠は残らない」
半信半疑ながらも、灯のことを相談する結衣。「灯は毎日ポストに投函している。いずれ海鳴りの昼に返信がもらえることに気づくだろう」「死者との会話に囚われて自分の人生を生きることをないがしろにしてしまわないか心配」
久坂は語る。「その心配はもっともだ。しかし死者との会話が必ずしも後ろ向きとは限らない」「過去に決着をつけ、一歩前に進むきっかけになることもある」「なんにせよ、心の整理をつけるのは自分自身だ。気のすむまでやらせるしかない」
結衣は、いつまでも過去に囚われている自分のことを言われている気分になり、挨拶もそこそこに立ち去る。
その後。毎日海鳴りのポストに手紙を投函し続ける灯。結衣の心配とは裏腹に、灯は生き生きとした生活を送っている。たとえ返事が返ってこなくとも、母への手紙を書くことが生きる張り合いになっている様子だ。友達とも仲直りし、学校生活も楽しそうだ。
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3(転)
次の海鳴りの昼。昼間なのに真っ暗な空。嵐が近づいている。結衣が窓の外を眺めていると、嵐の中黄色い雨合羽を着て一人海岸に向かう灯の姿が目に入る。慌てて家を飛び出し、灯の後を追う結衣。
兄が帰ってこなかった日も、こんな台風だった。あの日の不安と恐怖の気持ちがよみがえる。それを振り払うように、灯の後を追う結衣。
岩場で灯に追いつく。ポストまではまだ距離がある。「こんな日にここに来ちゃダメじゃない!」と叱る結衣。10
- 結衣「お母さんはこんな危険なことをしてまで手紙がほしいなんて思ってないよ」
- 灯「でもこれが僕の生きがいなんだ」
- 灯「手紙をやめたら、また寂しい毎日に戻っちゃうじゃないか」
- 灯「お母さんとの思い出を捨てるなんて、忘れるなんてできない、したくない」
- 結衣「捨てなくていい。忘れなくていい。私たちは思い出を抱えたまま一歩前に進むんだよ」
結衣は懐から手紙を取り出す。兄宛ての手紙だった。
灯「おねえちゃんも投函するの…?」
結衣「お兄ちゃんに話したいこと、聞きたいこと、たくさんある。目一杯書いちゃった」
結衣「でも、出したらそれでおしまい。返事はいらない。……何なら出さなくてもいい」
灯「――どうして?」
結衣「想いを伝えられればそれでいい。私は私の人生を生きなきゃ」
結衣「それが生きてる人間のやるべきことだと思うから」
灯「……でも、届かなかったら書いた意味ないよ」
結衣「届くかどうかじゃない。ちゃんと伝えようとすることが、私たちにできることなんだと思う」
灯「結衣おねえちゃん……」
そこにやってきたのは、二人を心配して見に来た久坂だった。
- 久坂「まったく、無茶をしよる。まさかと思ったが来てみて正解だった」
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- 結衣「久坂さん…」
- 久坂「なに、私は何十年もあのポストに通っていたんだ。心配無用だ」
久坂は強風と波しぶきの中、手紙を投函してくれる。久坂が二人のところに戻ってきて「これで二人とも帰れるな」と尋ねる。結衣と灯はどこか晴ればれとした表情で頷く。
その瞬間。13「あっ!ポストが!!」三人は波が攫っていったポストの跡を茫然と見つめるのだった。
4(結)
それから数年後。岩場のポストは跡形もない。町の人々の記憶からも忘れ去られつつあった。大学生になった結衣は、数年振りに地元を訪れ、ポストの跡地を見ていた。
そこに中学生になった灯がやってきて、当時の思い出話に花を咲かせる。14ただ、二人があの日を境に自分の人生を再び歩み始めたことは確かだった。
二人は、定年退職して今は嘱託郵便局員として働いている久坂に会いにいくため、笑って話をしながら岩場を去っていくのだった。